異国情緒と人情溢れる島 祝島


祝島を知る

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祝島

船から降りて島に一歩足を踏み入れると、
ゆったりと流れる島時間。
集落の入り組んだ小径には、島特有の練塀。
港や平屋の瓦の上で眠たそうな顔をしている、
たくさんのネコたち。
石と波で角が削れたシーグラスの浜。
千年の時を超えて息づく、歴史と文化。
そして、人情味溢れる島の人々。
祝島でしか過ごすことのできない時間が、
ここにはあります。

祝島の概要

瀬戸内に浮かぶ、ハートの島。

本島である上関町室津半島の東端から4キロ西に位置するのが「祝島(いわいしま)」。
島の周囲は12キロ、面積は7.67平方メートルの瀬戸内海に浮かぶハートの形をした島です。
海岸線付近は傾斜地が多いものの、中央部はなだらかで全域が台地状になっています。
瀬戸内海有数の漁場・周防灘と伊予灘の境界の豊かな漁場に恵まれ、釣り人も多く訪れます。

地図:祝島の位置地図:祝島の位置

先人の知恵がつまった石積みの練塀

祝島の一番の特徴と言っても良いのが、集落のあちこちで見ることができる「石積みの練塀」です。
島の人は「練塀(ねりへい)」と呼んでいます。
練塀は島独特の作り方で築かれています。石と土を積み重ね、漆喰で固められた塀は、厚さが50cm以上あるため、夏の暑さ・冬の寒さをやわらげてくれます。
火事が起きた時には、それぞれの民家が練塀に囲まれているおかげで火が隣家にうつることを防ぎ、大火事にならずに済んだことも。
ちなみに、昔は各家庭の練塀を島の近所の人同士が協力して作っていたそうです。
各家庭の練塀にそれぞれの個性があるので、島中歩いてお気に入りの練塀を見つけてみるのも良いかもしれません。

  • 写真:練塀1
  • 写真:練塀2

神舞

伝承によれば、仁和二年(886年)八月、豊後国伊美郷の人々が、山城国石清水八幡宮の分霊を奉持し、海路下向中嵐に遭い、祝島三浦湾に漂着した時に始まります。
当時この地には三軒の民家があり、住民は厳しい自然環境の中、苦しい生活でしたが一行を心からもてなしました。それを機縁に荒神を敬い、大歳御歳の神を祭り農耕を始めたことにより島の生活は大きく向上しました。それからは、そのお礼にと伊美別宮社に「お種戻し」と称し毎年参拝するようになりました。
そして四年に一度別宮社から二十余名の神職、里楽師を迎え祝島を斎場に神恩感謝の合同祭事を行うようになり今日に至っています。
この祭りは、山口県と大分県との海上49キロを三隻の神様船が往復し、大漁旗で飾った奉迎船や櫂伝馬船が織りなす勇壮な海上絵巻の入船出船神事があり、新調の苫で覆われた仮神殿で、伝統にのっとり古式豊かに神楽が奉納されます。
(引用サイト:祝島神舞奉賛会公式ホームページ

  • 写真:神舞1
  • 写真:神舞2